岡潔の発見は、層ではなく連接性にあり
そして連接性とは局所有限な生成系の存在
そこにH.CartanもSerreも着目した
層が土地なら、連接性は杭 岡博士に文化勲章
https://www.youtube.com/watch?v=VGXv8WmLjhI" target="_blank" rel="noopener">https://www.youtube.com/watch?v=VGXv8WmLjhI 「学問の発見」の広中平祐先生は確か岡先生のことがあまりお好きではなかったような 愛知県名古屋市
雨
23°C
降水確率: 40%
湿度: 58%
風速: 4 m/s これを何とかしたのが
Grauert-RemmertとHironaka 特異点解消は運が良かったとHironaka先生は本当に真顔でおっしゃっていました 確か「あれぇあ〜‥運だねぇ。」でした
80年代のNHK対談番組でのお言葉です
撮影場所は京都の貴船納涼床だったと思います >>16
思い出して3編見てしもた
あの頃はカリスマだったね
何度がつき合ってもろた 反発心というのは岡先生の指導に対する広中先生の反応に対してでしょうか?
それとも帰国後のご活躍全般に対して‥ >>18
見つけましたかw
不親切な紹介で失礼しました
自分もVHSを発掘しました
久々に晩酌しながら見ますかね〜
朝4時起きずっと勉強で疲れました >>20
しばらくHarvard大と数理研の教授を兼任されていたときには
いささかすっきりしないものを感じた >>22
Harvard大と数理研の教授を兼任なんて当時はそんなことが可能だったんですね
いや全く存じませんでこれこそ失礼致しました…
VHSはこれですが奇特な人がyoutubeに上げてくれていました
https://www.youtube.com/watch?v=-r-qh5blxlc" target="_blank" rel="noopener">https://www.youtube.com/watch?v=-r-qh5blxlc 広中先生が京大に入学されたのは本当に1950年ですか? 1944年に旧制山口県立柳井中学校(1948年の在学中に学制改革し、現在は山口県立柳井高等学校)に入学。しかし中学2年からは光海軍工廠での兵器製造に学徒動員され、学業は停止。召集された長兄と次兄は戦死し、父の会社も戦後は没落。父は衣料品の行商人として平祐たちを育てた[1]。柳井高等学校時代には、弁論・ピアノにも取り組んだ。
1950年に山口県立柳井高等学校を卒業し、京都大学理学部に進学。 その書き換えは本質的なブレイクスルーには至らず置き換え以上の何物でもないと思います 2次元の場合に代数的な方法で検討をつけておいてから
一般次元で本格的な解析を行えばよいのではないか 解析空間の孤立特異点の解消アルゴリズムというものが
2次元の場合にさえ存在せず
あるのは非特異モデルの存在定理だけだと
最近の本に書いてあったようだが 特異点のタイプを限れば
連分数展開を使ったアルゴリズムが存在する 的に向かって矢を射る
矢を射たらそこに的があって偶然当たった 昔ある先生が論文の書き方を教えてくれた
とにかく矢を射なさい
当たったところに的を描きなさい
的の描き方がわからない俺は苦労した 的が矢を認識してあたる所に移動するわけか、AI的だな そう感じたらこの論文を見た瞬間に
数学をやめていただろう 局所的に正則分離的な集合が
大域的に正則分離的になるための条件について 詰将棋は正解があるけど数学ではあるかどうかわからない